名古屋にある南区の古史などについて、詳しく解説するサイト『名古屋市南区の古史』

●●●呼続元町●●●

【熊野三社】

熊野三社は、山崎城に佐久間信盛が城主としてやってきた永禄年間に山崎城の守護神として
祀ったもので、廃城となってからも信仰が厚く、1627年に村の守り神として今の現在地
に再建されました。
かつてこのあたりは川と海に囲まれており大きな松が生い茂っていました。
そのため遠くから見ると陸の浮島に見え、松巨嶋と呼ばれていたそうです。
熊野三社の境内には松が残されていて、そこには手洗石があります。
手洗石には「松巨嶋」の文字と、「明和三年丙戌歳五月吉辰・願主三宅徳左衛門年定」との
文字が刻まれています。

【安泰寺】

安泰寺は山崎城址にあります。
山崎城は1560年桶狭間の戦いの後、織田家の家臣だった佐久間信盛が城主となりますが、
1580年に織田信長から信盛は高野山に追放され、廃城になります。
佐久間信盛は合戦においてなかなか結果が出せなかったにも関わらず、茶会ばかりを開いて
いたので信長の怒りに触れたと言われています。

【富部神社】

富部神社は1603年に津島神社の午頭天王を勧請したもので、戸部天王、蛇毒神天王とも
呼ばれていました。
清洲城の城主だった松平忠吉がこの神社のことを知り病気平癒の祈願にやってきたのですが、
たちまち回復したそうです。
その報恩のため1606年に社領として百石を与え、本殿、祭文殿などを建てました。
本殿と祭文殿は今も当時のものが残されています。
本殿は1957年に国の重要文化財に指定され、祭文殿と回廊は1996年に名古屋市文化財
にも指定されています。
山車蔵には1727年に作られた山車があり、これも市文化財に指定されています。
昔は例大祭で街を練り歩いていたそうですが、現在は老朽化が激しいために組み立てられる
だけとなっています。